20,000円の感動映画を見た話
2023年3月22日。
ショウヘイ・オオタニとマイク・トラウトの最終回は涙なしには見られなかった。
俺はこれと同じ日に有給を取ったのだ。
肺のCTスキャンを撮るために。(建前)
決してWBC決勝のためではない。(本音)
社内では最悪の雰囲気が流れただろう。
ちなみに検査の結果は「何か良くないものが写っているが緊急性はない」という判断が下された。何だったんだ。
そうして3ヶ月ほど時は過ぎ6月7日。
今年のWBCの一部始終をおさめたドキュメンタリーが全国公開されたのだ。
当然ながら我が郡山での上映はない。ちゃんとした映画館がないので。
最寄りの上映は65km先の福島市か、120km先の宇都宮市。
遠過ぎる。こういう時に仙台住みじゃないことを恨むのだ。
ガソリン代も高速代もケチりたかったので、宇都宮市行きの線を断念し福島市行きを選択する。とぼしい男だよアタシゃ。
それはもうウキウキで準備した。
楽しみで夜も寝られないぐらい。子供だね。
まず出発前に3,000円のガソリンを入れる。
俺は貧乏性なので満タンまで入れない。
きっちり3,000円。とぼしい男だよアタシゃ。
福島は縦にも横にも長い。
国道4号を北進し本宮市と大玉村、二本松市を経由して福島市へと向かう。
35kmを過ぎて二本松市に入ったあたり、
ド田舎の国道のど真ん中で、後ろからけたたましい音を鳴らした何かが来る。
ウ〜〜〜ウ〜〜〜
あれは……パンダに乗った犬……!?
(パンダに乗った犬とはCHEHON語で白黒の車に乗っている国家権力のことである)
「あ〜あ誰か何かやらかしたんだぜプププ🤭」とほくそ笑んでいたところ、どうやらパンダに乗った犬は赤色灯とサイレンを鳴らしながら俺の車の後ろにピッタリ付けてきている。
ふと自分の車の速度メーターに目をやると……80km/hを超えていた。
あっ……これ俺だ……
全てを察し、覚悟を決める。
後ろから「停止お願いしま〜す」との声。
二本松というド田舎の国道のど真ん中でガタガタ震えながら車を停止する。
「結構出てたね〜83km/h?」
パンダに搭載されたスピードガンは正確なようだ。おっさん達と草野球をやっている時の俺の本気のストレートとほぼ同じ時速だった。
「急いでた?何か用事あったの?」と問われ、まさか1人でウキウキでお侍さんの映画を見るんですよとは言えず、「いやちょっと家族が急に倒れて福島駅の方に…」と咄嗟に意味不明の大嘘が出た。罪が軽くなるわけでもないのに。
後ろから来る車、前から来る車すべてが取り調べを受ける俺を笑うように見えた。
笑うな!!
笑うな!!!!!
言い訳をさせてもらうと、発生当時に聴いていたAMラジオではYOASOBIの「アイドル」が流れており、それを一人で爆唱しながら前の車を追い越ししたあとも変わらず同じスピードで走ってしまっていたのだ。
(TBCラジオ「en∞Voyage」より)
そうこうしているうちに青い約束手形が手渡される。
83km/hは15,000円の支払いである。
同時に可愛いがっていたゴールド免許の権利もめでたく剥奪となった。
母親に正直に自白した時のLINEがこちらである。
嗚呼、こんなことなら大人しく高速使って宇都宮に行けばよかった。
わざわざ何もないこぢんまりとした福島市のテアトルで見るよりも宇都宮のデカいTOHOシネマズで見てうまいもんでも食って帰っても全然お釣りが来ただろう。
安物買いの銭失いとはまた違うニュアンスだが、そういうことだろう。現世の寓話か?
そうして陰鬱な気持ちで福島市の銀行で違反金を即納させた。
肝心の映画というと、それはそれは良かった。
漠然と良かったという感情しかなかった。
ガソリン代3,000円+映画料金2,000円+謎の金15,000円と、累計20,000円を支払ったことで、もうこの映画には20,000円の価値があったと思うほか無かったのだ。人間はこうして事実を正当化せずにはいられない生き物なのである。
ショウヘイが「カモーーーン!!」と二塁上でジェスチャーをしているシーンで周囲の客が感極まってオンオン泣き始めていたのは覚えている。あれは集団ヒステリーか何かだと思った。もちろん俺も泣いた。
それとエンディングのあいみょんのさよならの今日には反則だ。こんなん泣かん方がおかしい。
あぁ、いいものを見た。
そうして俺は65kmかけて家路に着いたのだった。
もちろん帰りは追い越しもせず寄り道もせず歌いもせずに静かにハンドルを握った。
何も食べずに、ただ、静かに。65kmを走り続けたのだ。
これは己への戒めとして書き記したものである。
どうか皆は安全運転を心がけてほしい。
おわり