親知らずをガチ抜きした話
ケンタッキーフライドチキンを食ってて口の中で小骨を取り除いたと思ったら〜己<おのれ>の歯の被せ物でした〜
長いこと被せていた右上の親知らずの被せ物が取れた。
過去に親知らずは2本抜いている。左上と左下。ただ、この右上だけは生え方が悪く、なかなか一筋縄で抜けるシロモノではなかったため、地元の歯医者では「ウチでは面倒が見れんから、抜くときはもっと高度な歯医者の紹介状を書くから、それまでは埋めとくわい」と匙を投げられていたラスボスだった。
神経も取ってあるし痛みはなく、まぁまた被せてもらえばええかと、歯医者に行くことを決意。
しかし、引っ越してから初めて歯医者に行く。どこに行けばいいか分からない。とりあえず徒歩20秒の距離にある歯医者は「受付の対応がムカつく」という悪評がサイトに書かれていたのでやめた。それに院長が女医だったのでなんか恥ずかしかった。
調べに調べて、ポケストップ(ポケモンGOでアイテムが貰える場所のことです)が2箇所入る5kmほど先の歯医者を選んだ。しょうもない人生だよなあ。
行ってみると、清潔感はあるがなかなか古めの歯医者。ひとまず受付のお姉さんはそこそこの年齢でかわいい。サーモチェックを35.3℃のガバガバ判定でクリア。
さてさてお楽しみの待合室の書籍チェック。漫画や新聞はないが月刊PHP、月刊壮快、NHKきょうの料理、婦人公論、週刊朝日、FRIDAYがあった。そうそう、これでいいんだよ歯医者の待合室は。
程なくして診察室に通される。
椅子に座り、辺りを見渡していると、書庫に「歯関係のVHS」が大量に入っていた。一気に不安がよぎる。怖すぎる。この令和の時代に大量のVHSを目の当たりにすることもそうそうない。
ガタガタ震えながら待っていると院長が登場。芸能人に例えるなら松鶴家千とせに似ていた。伝わるかなあ、伝わらねえだろうなあ。
そして両端にはガチガチのフェイスガードをした女性衛生兵が2人。1人いればよくね?
口を開けて3秒。「あぁ!これもうダメだねえ!」と松鶴家千とせに終焉の宣告をされる。
分かっちゃいたが、いざ言われると悲しいものがある。しかも出会って間もない人間によ。
一応、現在の歯の向きを確認するためレントゲン撮影。歯のレントゲンといえばクソ重いエプロンを着けて変な紙を歯に当てて撮影するイメージだったんだけども、突然六角レンチみたいな曲がった棒の先に遮光板が付いている謎の松居棒ver.163.8.1みたいなものを奥歯に挿入されて「ヴァー!ヴォエッ!ヴォエー!」となる俺。そんなんでレントゲン撮れんのかよ。
「そんじゃ今日は応急処置だけして、また日を改めたときにね、気合入れて抜いちゃいますか…w」と勝手に思っていたら「もう今日抜いちゃおうね、モノ噛むのに必要ないもんね」とあっさり松鶴家千とせが言う。
いや待って俺まだ心の準備してないが?そもそも俺の地元が速攻で匙を投げたこの複雑に生えた親知らずをお前ごときが抜けんのか?あぁ!_?
もちろんそんなことを言う間もなくおもむろに麻酔を打たれる。あの注射ガチで痛いねん。そしてクソ苦い。
麻酔が程よく効いてきて痛みの感覚が無くなってきたと思ったらデカい"何か"をノドの奥に突っ込まれてまたヴォエ!となる。
そして始まる「マ゛ッ!!マキャヴェリィィ!!ヴェリヤァァッ!」とバキバキに親知らずを砕く音が聞こえる。ガチで容赦のない君主論の音がした。
以前抜いた時もそうだったが、親知らずの抜歯はとにかくパワープレイだ。麻酔が効いているのをいいことに松鶴家千とせは力ずくで破砕していく。
そして嵐は5分ほどで過ぎ去った。終わってみれば、己の歯がバキバキされることよりも"デカい何か"をずっと突っ込まれていたことによるヴォエの方が苦痛だった。
歯茎という玉座をあっさりと奪われた忌まわしき親知らずと涙のご対面。
デケエ〜ッ!抜けた親知らずとの対面は何回見ても良すぎる。臼歯は本当に予想以上にデカい。
折角だし写真撮っときますかと思ってスマホを取り出そうと思ったらそそくさと1人の衛生兵が俺の抜けたバカデカ歯を布かティッシュみたいな何かにくるんでどっかに持って行った。
嗚呼、どうか行かないでマイトゥース。
ともあれ、これで煩わしい生活ともおさらばだ。待合室に戻りお会計。
化膿止めとロキソニンを10錠ずつ貰って会計は1890円。俺がAT-Xを契約していた頃の視聴料と同じ。これね。
初診でいきなり親知らずブチ抜いて1890円、日本の医療は素晴らしいわな。
しばらくして麻酔が切れ、抜いた箇所の熾烈な痛みと止まらぬ出血に一日中泣く。ロキソニンには頼らなかった。頼ったら負けな気がしたので。
そして翌日。
俺は赤ちゃんなのでよく寝ている時によだれを垂らすのだが、今朝ばっかりは枕が血だらけだった。本気でビビった。
泣く泣く枕を洗濯してから、午前中にまた歯医者に顔を出し、抜いた箇所の消毒と、うがい薬を貰う。これが410円。
本当に歯医者の診察料は安い。
貰ったうがい薬は苦みと悲しみがしばらく残る中学生時代の恋のような味がした。
だがこれだけでは終わらなかった。
「どうせだから周りの虫歯も治しちゃおうね」と松鶴家医院長が言う。
まあ折角だしな、と思って次回以降の予約も入れた。
そして1週間後、3回目の診察。
「抜いたところも塞がってきてるし、あと数回で終わりだね」と言われひとまず安堵。
少し虫に食われている箇所をチュイチュイ〜とパテみたいな何かで埋めていく。これが地味に痛ぇンだわ。
サクッと済ませてお会計。
3150円。
…は?
3150円。
今の俺の財布に間違いなく1000円札3枚は入ってない。医者に行くんだからそれなりの現金入れてからこいやって話なんだけども、あのフルパワー抜歯(X線チェキ撮影付き)が1890円、消毒410円ときたら今回も2000円ちょっとあれば間に合うと思っていた。完全に穴埋めをナメていた。
診察前にセブンで買った十六茶ホットと一本満足バーが悔やまれる。多分どっちも買わなかったら間に合っていた。そもそも一本満足バーを診察の前後に食うな。
「へぇ〜!穴埋めって700点超えるんスか!」という医療事務でしか使わないであろう「点」という単位をあたかも知ったような口を聞く。
この行動は今思い返すと本当に恥ずかしかった。
ちなみに領収証をよく見てみると穴埋めが735点だったのに対して歯抜きは265点だった。何なんだよその採点基準。医者の世界なら常識なのだろうが麻雀よりも点数計算が難しすぎる。
こんな時もあろうかと、俺はばぁちゃんから貰ったお守りとしてかれこれ20年近く財布に入れていた2000円札があった。
これを使えば4000円ちょっと……あるいは……いや……これまで守ってきた形見をたやすく使いたくはなかった。小さなプライド。
「クレカは?あっ無理…あっそれじゃメルペイは…そうッスよね…ハハ……」
「ちょっ、近くのセブンで堕天(おろ)してくるんで…」と言いかけたその時、「あっ別に次回でいいですよ…」と受付のお姉さんが言う。
3回しか顔を合わせていない人間に対して「ツケ」をしてくれる温もり溢れる世界がここにあった。
そうして俺は今日も歯医者の前に立つ。
前回の診察代を握りしめながら。
歯は大事だ、アンタらも今年の虫歯は今年のうちに処置しとけな。
おしり