ババアのために俺が堂安律になっている話
俺の会社には清掃担当のスタッフが何人かいる。身の回りの清掃はもちろんのこと、飲料業ならではの大量に出る段ボールなどを片付けてくれる。
超高齢時代なので、清掃スタッフは老人しかいない。歯が無い者、腰が110°曲がっている者、戦前の無声映画のような足腰で歩く者、禿げ上がっているのにロン毛の者、魑魅魍魎なのである。
その中でも岩井シヅ子さん(本名)は、その辺のやつよりよく働くしまだ丈夫で元気だ。
耳が遠いが、まだまだ働くことはできる。
御年70歳。この歳になっても1日8時間しっかり働いていることに、俺はいつもリスペクトを込めてババアと呼んでいる。
そのババアがついこの前、例の流行り病にかかった。
ババアは1週間の出勤停止になった。
世はワールドカップの真っ最中。
日本がドイツに逆転勝ちしたあの日から、ババアは会社に来なくなったのだ。
まだ元気とはいえ70歳。
しかもタバコも吸う。(これがすごい)
なので流行り病にかかったらタダでは済まんだろう……と。
そうして1週間が経ったが、ババアは職場に現れない。ついに死んだか…
次の日も、その次の日もババアは来なかった。
マジで死んだのでは……と俺だけでなく他の社員からも死亡説が囁かれる。
それから5日後。ババアは何事もなかったかのように職場に現れた。
特に弱った様子もなく、喫煙所でタバコをふかしていた。
「おうババア!死んだかと思ったぜ〜!無事で良かったなあ〜!」と俺から声を掛けると、
ババアは開口一番、俺に向かって「堂安くん〜!」と叫ぶのだ。
最初は何を言っているのかわからなかった。
「あんだ(あなた)堂安くんに似でっぺしゃ(似てるでしょ)、あんだは堂安くんだ!!」と言う。
これは後遺症か何かだろうか。
かなり認知機能が麻痺している。
よほどドイツ戦とスペイン戦のゴールが印象的だったのだろうか。というかババアもサッカー観るのか。
第一、俺に堂安要素は一つもない。堂安要素を見つけるとすれば身長ぐらいだろうか…
似てると言うなら俺は三苫によく似ている……俺は三苫に似ている……俺は三苫だ………
ともかくババアの中で俺は堂安くんになったらしい。
それから顔を合わせるたびに堂安くん堂安くんとうるさいので、もう面倒くさいので俺は堂安くんになることにした。
「俺この前報道ステーションに出たけど見た?」と吹っ掛ければ、「見だよ〜カッコいがったね〜」と当たり前のように返してくる。
休養期間を経てサッカーファンになったのだろう。その後もメッシだモドリッチだと逐一俺にサッカーの話をしてくるようになった。
エムバペは発音できないらしい。
ワールドカップが閉幕した今も、俺はババアの堂安になっている。
ババアよ、4年後も8年後も生きてろよ。
俺がお前の堂安になってやる。
俺は何なんだ?
終わり